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民法557条(手付)

【解説】

1.手付とは

手付とは、契約の締結に際して当事者の一方が相手方に対して交付する金銭等を言います。

最も普通に手付が交付されるのは、不動産の売買契約でしょう。不動産取引には、この手付はつきものです。

しかし、別に売買契約以外のときに交付してもかまいません。たとえば賃貸借契約に対して手付を交付することもできます。

ただ、何といっても手付が交付されるのは売買契約のときが一番多いので、売買契約のところに手付の規定をおいて、その他の有償契約に本条を準用するという形にしているわけです(559条)。

そして、不動産の売買契約のときに、この手付というのを絶対に交付しないといけないというものではありませんが、多くの場合は手付を交付します。この手付というのは、なぜ交付するのかということですが、これは簡単な話で当事者の合意に基づいて交付するわけです。つまり、売買契約を締結するときに、手付金はいくらにしましょうという話で当事者が合意すれば、その合意、つまり当事者の意思表示に基づいて交付することになるわけです。

今までの話から、不動産の売買契約のときに、買主は絶対に手付を交付しないといけないのか?と人から問われれば、「別に交付しなくてもよい」というのが答えですよね。両当事者が合意して初めて、手付を交付することになるわけですから、買主がイヤといえば交付しなくてよい、ということになります。要するに、手付を交付するのも、手付「契約」という契約に基づくということです。

そして、この手付契約は売買契約と同時でなくてもかまいません。ただ、現実には売主の立場から見て、1円も手付を支払わない買主とは契約したくないと思うことも多いでしょう。買主は、手付を払いたくないという自由はありますが、それゆえに元の売買契約自体が流れる可能性は高いですよ。

ところで、何気なく交付しているこの手付。いったい何のために交付するのですか?と聞くと意外に返答に窮する人が多いですね。手付には、実はいろいろ種類があります。まず、一つずつ説明していきましょう。

2.証約(しょうやく)手付

この証約手付というのは、契約が成立した証拠として交付される手付です。

これは手付としては、一番軽いものですね。金額的には安いことが多いです。たとえば、契約成立時に5万円とか、10万円とかの低い金額が多くなります。

ちなみに、手付というのは、すべて最低この証約手付としての意味を持つといわれます。すぐ後で、別の種類の手付も説明しますが、そのような別の種類の手付でも、それぞれこの証約手付としての意味を併せ持つとされます。

3.違約手付

これは、「違約」という言葉からも分かりますように、契約に違反した場合にペナルティとして没収される手付です。

具体的には、交付者(買主)が債務不履行を行った場合には、交付者が手付を失い、手付の受領者(売主)が債務不履行を行った場合には、受領者が交付者に手付の倍額を償還する形になります。

4.解約手付

これは、買主が手付を放棄したり、売主が手付金の倍返しすることによって契約を「解約」することができるという内容の手付です。手付の中で何が重要かと言って、この解約手付ほど重要なものはありません。というより、手付の問題=解約手付の問題といっていいほどの内容です。

5.手付の種類の決定

手付は、重要なものとしては、証約手付、違約手付、解約手付がありますが、当事者が手付を交付した場合、その手付の意味は、以上のうちのどれか、というのをどのようにして決めるのか?

たとえば、AがBに不動産を1,000万円で売却しました。売買契約のときに、100万円の手付をBがAに交付しました。この100万円の手付は、証約手付か、違約手付か、解約手付か?という問題です。

この答えは簡単です。当事者の意思で決まる、ということです。最初に、手付は交付しても交付しなくてもよい、当事者が合意すれば、その合意に基づいて交付するんだ、という話をしました。したがって、当事者が手付をいくらにするか、どういう内容の手付にするのかは、当事者が合意した通りに決まります。

ただ、世の中で手付を交付をする人は、すべて法律に通暁していて、手付の意味もよく分かっていて、手付の金額だけでなく、常に手付の意味を明快にして交付しているとは限りません。

結構多くの人は、たとえば不動産取引のような場合は、手付を交付するのは当たり前だ、という感じで手付を交付していることがあります。要するに、この手付はどういう趣旨で交付しているのかが不明確な場合があります。

そのようなときは、「解約手付」と推定されます。

なお、宅地建物取引業法によると、売主が宅地建物取引業者で、買主が宅地建物取引業者でない場合に手付が交付された場合は、その手付は本来の手付の性格に付け加わる形で、解約手付としての性質が付与されます(宅地建物取引業法39条2項)。

6.解約手付(詳論)

解約手付は、最初軽く触れましたが、民法によると「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。」というものです。

先ほどの例で、AがBに不動産を1,000万円で売却し、BがAに100万円の手付を交付したという場合、買主Bはすでに売主Aに交付している100万円を放棄して、Aに100万円をそのままあげてしまうことによって契約を解除できます。

逆に売主は、すでに買主から受け取っている100万円に、自己資金の100万円を足して、合計200万円(倍返し、または倍戻し)を買主に交付することによって契約を解除できる、ということです。

ここで気を付けてもらいたいのは、この解約手付による解除をするには、特に理由はいらないということです。

契約の解除といえば、われわれは債務不履行のときの解除というのを勉強しました。あの債務不履行解除は、契約の相手方が債務不履行をしたときに解除できるものです。つまり、相手方に非がある場合に解除できるというものです。

ところが、この解約手付による解除というのは、相手方に非がなくても解除できます。平たく言えば、わがまま解除が認められるわけです。解約手付というのは、このような解除できる権利を確保するという意味があります。

このように手付解除と債務不履行解除は、別のものですから、たとえば買主が売主の債務不履行を理由に契約を解除した場合は、手付解除ではないわけですから、通常の債務不履行解除として扱い、この場合買主は売主に交付した手付を原状回復として返還請求することができます。

手付解除は、このように「わがまま解除」なわけですから、何でも認められるわけではありません。契約の解約(解除)というのは、契約のキャンセルです。相手方に非がなくてもキャンセルできますが、ただ、キャンセル料は支払う必要があります。そのキャンセル料が手付金です。買主が手付を放棄し、売主が手付の倍返しをするということは、手付金分を相手方にキャンセル料として支払えば、キャンセルできます、という意味です。

そして、当事者がこの解約手付を交付するということで合意している以上、この手付の放棄、倍返しとは別に損害賠償を請求することはできません。

あと、もう一つ、解約手付による解除をする場合の制限として、「当事者の一方が契約の履行に着手するまで」に手付解除をしないといけないということです。

ここの「当事者」というのは、判例は「相手方」と解釈していますので、「相手方が履行に着手」すれば、手付解除はできません。

「履行」というのは、具体的にはいろいろと難しい問題もありますが、登記、引渡、代金支払というような履行行為を指します。

相手方が、このような履行行為に着手した後に、勝手な理由で解除されると、たとえキャンセル料を支払うとしても、相手方としては信頼が害されますし、キャンセル料ではまかないきれない損害が出る可能性があるからです。

「相手方」が履行に着手すれば、手付解除ができないということは、逆に言うと、自分の方だけが履行に着手していて、相手方が履行に着手していない場合は、まだ手付解除ができるということです。

次に、売主側からの手付解除の倍返しについてですが、これは「手付を倍返しするので解除する」という意思表示だけでは解除の効果は生じません。先ほどに民法の条文を引用しましたが、その条文をよく見ると、売主はその倍額を「償還して」解除できるとなっています。つまり、手付の倍額を償還して解除する旨の意思表示だけでは十分ではなく、現実に手付の倍額を償還する、つまり相手に提供して初めて解除の効果が生じます。